デス・オーバチュア
第239話「宣言(しんおうせんげん)」



「冥府魔道流、死空狂乱(しくうきょうらん)!」
猫耳メイドな死神幼女……アニスが大鎌を一閃させると、無数の『闇の刃』がセレナに向かって一斉に解き放たれた。
闇の刃は一つ一つがセレナより遙かに巨大である。
「ふん、死神の技ね……覇ああぁっ!」
セレナは突きだした右手から爆流の如き暗黒を吐き出し、迫る闇の刃を全て呑み尽くした。
大鎌を振って掻き消すなり、障壁を前面に張って受けきるには、闇の刃が多すぎ巨大すぎると判断したからである。
「死空冥雷(しくうめいらい)!』
天から闇色の雷がセレナを狙うように落ちた。
しかし、闇の雷は、セレナを包む限りなく透明な球状の膜に阻まれる。
「暗黒の放出にエナジーバリアか……流石は親子じゃな……」
「あらぁ?」
地上にいたはずのアニスの姿は、半透明な膜(エナジーバリア)に包まれたセレナの眼前にあった。
「生死両断(しょうしりょうだん)!」
振り下ろされた大鎌がスパンと心地よい音をたててエナジーバリアを断ち割る。
「冥府魔道流秘技、死獄等活(しごくとうかつ)!」
「っっきゃああああああああああああああああっ!?」
アニスが頭上で回転させた大鎌から伸びた無数の『鉄鞭』がセレナを滅多打ちにし、解き放たれた無数の闇の刃が彼女を細かく切り刻んだ。
「等しく活えれ! 活! 活!」
何度コナゴナに粉砕されようと、何度ズタズタに寸断されようと、セレナは瞬時に強制的に蘇り、寸断と粉砕の地獄の苦しみをエンドレスに(終わりなく)味わされる。
「くぁっ……あぁぁ……うぅ〜、このサド猫ぉぉっ!」
セレナの両手の甲に赤眼が開眼し、放たれた赤い月光が『等活の地獄』を消し飛ばした。
「ほう、流石は魔眼持ち……儂の獄界(ごくかい)を覆したのはお主が初めてじゃ」
アニスは感嘆と余裕に満ちた微笑を口元に浮かべる。
「果てしなく繰り返される死の体感か……うふふふふっ、悪趣味な幻(夢)ね〜」
「見事な魔除(まじょ)……まるでファーティマの手のようじゃな、その副眼は……」
「より強き魔は弱き魔を駆逐する……魔除、破魔など思いのままよぉっ!」
突きだされた赤眼の両手から、七つの巨大な暗黒の火球が放たれた。
「物騒な火を放つでないわ!」
アニスは七つの火球の隙間を突き抜け、セレナに肉迫する。
「滅せよ!」
「調子に乗るなぁぁっ!」
振るわれた大鎌を、左手から噴出する黒炎が刃となり受け止めた。
さらに、腰から突きだされた右手から黒炎の刃が伸び、アニスの腹部を剔ろうとする。
アニスは腰を捻って一撃をかわし様に、セレナの首を狙って大鎌を振り下ろした。
「甘いぃ〜」
だが、セレナの右肩の暗黒翼がアニスの大鎌を切り払う。
「魔皇暗黒龍極覇(まおうあんこくりゅうきょくは)!!!」
「ぬううううっ!?」
セレナの左掌から、超巨大な暗黒炎の龍が三匹同時に解き放たれアニスを呑み込んだ。
アニスを呑み込んだ三匹の暗黒龍は、空の彼方へと昇天し消えていく。
『副眼開眼で片手撃ち……三割の力といったところか……』
「えっ?」
「いや、これなら一割程度か?」
消えていこうとしていた暗黒龍が四散したかと思うと、天から一人の青年が降り立った。
「あ……お……」
「どうした、俺の顔を見忘れたか、セレナ?」
動揺と狼狽を隠せないでいるセレナを、青年は嘲笑う。
「……ク……クライド……お兄……お兄様……」
「ああ、久しいな、可愛い妹よ」
青年の正体は、セレナの異母兄、魔眼皇ファージスの嫡子クライド・レイ・レクイエムだった。



クライド・レイ・レクイエム……魔眼皇の第一皇子にして、魔界の修羅王、ガルディアの闘神。
赤縁の黒いロングコート、黒ズボン、黒靴……美しい黒髪と黒瞳と合わさって見事に黒ずくめな青年だった。
「降りるぞ」
「……はい、お兄様……」
クライドが地上へと降下していくと、セレナは素直にその後に付き従う。
「癪じゃが……素直に礼は述べておくぞ、若……クライド……」
アニスはクライドに片手で抱きかかえられ、その首に両手で抱きついていた。
「ふん、歳を考えて出しゃばれ、猫耳婆」
「誰が猫耳婆じゃ!」
猫耳……アニスは両手の爪でクライドの顔面を引っ掻こうとしたが、それより早くクライドに投げ捨てられてしまう。
投げ捨てられたアニスは、文字通り猫のように空中で回転し綺麗に両足から着地した。
「俺が助けてやらなければ、跡形も灼き尽くされていたことを忘れるな」
クライドは意地悪く微笑する。
「解っておる! だから、素直に礼を述べてやったではないかっ!」
「素直にね……まったく気位だけは高い猫だ……」
「お主こそ、年長者への敬意が……」
「婆扱いすると怒るだろう?」
「当たり前じゃ!」
アニスの金褐色の瞳に一条の光が浮かび上がり、まるで猫の目と化した。
「その目はやめろ、本気で怖いというか気持ち悪いぞ……」
「なんじゃとぉぉっ!?」
猫目は凄みを増し、両手の爪が鋭利に伸び、いつでも飛びかかれるような攻撃態勢がとられる。
「あのぉ〜、お兄様?」
無視というか存在を忘れられていたセレナが異母兄に声をかけた。
「それ……お兄様の『猫』なの?」
「いや、ただの野良猫だ……勝手に懐かれて迷惑し……」
「誰が野良猫じゃ!? 懐いてなどおらぬ! 面倒みてやっているだけじゃっ!」
アニスはクライドに最後まで言わせず、早口で否定しまくる。
「……なるほど……大体どういう関係なのか解っ……解りました……」
セレナは口調を丁寧に改めていた。
敬意か、恐怖か解らないが、兄に対しては低姿勢というか慎んだ態度を取っている。
「そう畏まらなくてもいいぞ、セレナ」
クライドはそんなセレナを面白そうに眺めていた。
「お前が皆を謀っていたことを責める気などない……魔眼を隠していたことは前から知っていたからな」
「えっ……?」
「魔眼持ちには魔眼持ちが解る……直感的にな……お前の場合は、ファージアスと俺に魔眼があることを最初から知っていたからな……感じ取るも何もなかっただろうが……」
「…………」
セレナの顔から一切の表情が消える。
「さて、どうする? せっかくの機会だ、俺とも殺り合ってみるか?」
「……私がお兄様と? なぜ……?」
「ふん、確実に勝てる自信がつくまでは戦いたくない、力も知られたくなかったか……可愛い程に姑息だな」
異母妹を見るクライドの眼差しは優しげで好意的だったが、同時に見下しと嘲笑も感じられた。
妹という格下の存在の『悪戯』を愉しむ兄(格上)の余裕。
セレナ・セレナーデという存在の極悪、最悪さなどクライドから見れば『可愛いもの』だった。
本当の悪の極み、最強の悪というものをクライドはよく知っている。
それは他ならぬ、クライドとセレナの父……魔眼皇ファージアスだ。
あれに比べれば、セレナなど少し質と意地の悪い悪戯好きな妹に過ぎない。
「さあ、セレナ、この兄にお前の成長を……お前の今の最大の力を示せ!」
打ってこいとばかりに、クライドは両手を広げて無防備に胸を晒した。
「まったく最悪な兄妹じゃな」
つきあいきれない、巻き添えをくらってはたまらないとばかりに、アニスが遠方に飛び離れる。
「……くぅっ!」
覚悟を決めたように、セレナは空高く跳躍した。
赤眼を開眼し、黒炎を纏った両手が、巨大な黒炎の翼のように羽ばたく。
「魔皇暗黒双炎翔(まおうあんこくそうえんしょう)!」
黒炎の双翼(両手)からそれぞれ超巨大な黒炎の不死鳥が飛びだった。
アンブレラの炎獄翔の三倍はある黒死鳥は左右から挟み込むように、クライドへ襲いかかる。
「ふん」
クライドは避けるまでもないといった余裕の表情で、二匹の黒死鳥の直撃を受け入れた。
黒炎の爆発、爆散……そして、無傷なクライドが姿を見せる。
「そのままで……副眼だけでいいのか?」
「ああああああああああああああああああああああっ!」
セレナの六枚の暗黒翼が黒炎に転じ、両手の黒炎と共に全身へ燃え広がり、彼女自身が黒死鳥と化した。
「魔皇暗黒炎凰破(まおうあんこくえんおうは)!!」
黒死鳥に変じたセレナがクライド目指して急降下する。
「セレナ、お前の最大の欠点は……」
「うぅっ!?」
爆発的な暗黒闘気の放出と共に、クライドの髪が逆立ち、ロングコートが前開きになり、額と裸が露わになった。
額に暗黒の瞳が開眼し、背には巨大な一対の暗黒翼が生え、露出された上半身(肌)は褐色を超え闇色に染まっていく。
「常に余力を残そうとするところだっ!」
クライドは暗黒闘気を集束させた右拳で、黒死鳥(セレナ)を叩き落とした。
大地に叩き落とされた黒死鳥はバウンドし、セレナに戻りながら空へと吹き飛んでいく。
「切り札を出し惜しみし、使う機会を失い敗れる……それがお前だっ!」
「きゃっ!?」
吹き飛んでいくセレナの頭上に出現すると、クライドは暗黒の右拳を彼女の背中に叩き込んだ。
凄まじいスピードで再びセレナは地上へと落下していく。
「限界に挑まぬ者に、限界を超えることはできん!」
「がはぁっ!?」
地上に先回りしていたクライドが頭上へ突きだした右拳が、セレナの腹部を貫いた。
「せいっ!」
クライドは右手を思いっきり振り切って、セレナを天空へと投げ捨てる。
「魔皇……暗黒……」
右手の暗黒の中に白、黒、赤、青、緑、黄、茶、藍、銀、紫……といった数え切れない無数の色(輝き)が凝縮されていった。
「究極拳!!!」
十の輝きを内包した究極の暗黒が右拳から解き放たれる。
「きゃああああああああああああああああああっっ!」
直撃した暗黒は、十の力(輝き)を撒き散らしセレナを呑み込んだ。
「暗黒によって増強された十の力で同時に犯される気分はどうだ? 究極に刺激的だろう? まあ、これはほんのお遊びだ……」
クライドの全身から先程の十倍以上の勢いで暗黒が噴出する。
「見るがいい、修羅の究極すら超えた、純粋なる暗黒の極みを……」
「……ま……あ……りゅ……覇!」
セレナを呑み込んでた輝きの中から、その輝きを全て呑み尽くすようにして六匹の超巨大な暗黒炎の龍が出現した。
「六匹の暗黒龍……それが副眼での限界数か……」
全力全開で暗黒龍を放つ際、セレナは暗黒翼を『贄』とする。
贄……暗黒翼を分解し、暗黒龍を即座に生み出す基盤とするのだ。
体の奥底から無理矢理汲み上げなくても、即座に使える(転換できる)ように体外にストックされている暗黒のエナジー……それが暗黒翼であり、差詰め暗黒龍という破壊力を発生させるための弾丸である。
「此の期に及んでも、最後の奥の手は使えぬか……そんなに怖いか、己の限界を知ることが……?」
クライドにはセレナの気持ちが解っていた。
もし全ての力を出し切って、それでもクライドに全く歯が立たなかったら……それが何よりも怖い。
余力を……可能性を残しておけば、全力なら結果は解らなかったと自分に言い訳ができるのだ。
だから、絶対に全力は、手の内は出し切ら(晒さ)ない。
「戦いを重ねて強くなったのではなく、元から誰よりも強かった……それ故にか……」
クライドの背中の巨大な一対(二翼)の暗黒翼が、左右六翼ずつ計十二翼に分かれた。
十二翼が暗黒の爆流のように噴き出し、十二匹の暗黒闘気の龍が生誕する。
六匹の暗黒炎の龍と、十二匹の暗黒闘気の龍が互いを貪り合うように激突した。
「翼の数を競うなど愚かなことだが……お前は六翼、俺とファージアスの『半分』が限界だ……まあ、俺は普段は二翼に纏めているがな」
聖書や神話で、偉大、力ある天使ほど翼の数が多いとされるのは満更嘘ではない。
数が多い……複雑な翼ほど形成するのに、良質で膨大な力(エナジー)を必要とするのだ。
要は天使や悪魔の翼とは、御光(後光)のようなハッタリ……権威と実力の証である。
しかし、そんなことを気にしないと言うか、多い翼など鬱陶しい、煩わしいと考え、単純で純粋な巨大な翼を形成する者も中には居た。
権威や美しさよりも、強大さだけを前面に出した高出力の巨大な翼……なぜか、最高位の存在達に限ってこっちを選んでいたりする。
「では、終わりにするか……見ろ、これが闘争(鬼)と暗黒(魔)を極めた新たなる皇の拳……新皇暗黒拳(しんおうあんこくけん)!!!」
クライドの右拳から放たれた巨大な暗黒の拳が、貪り合う全ての龍を纏めて消し飛ばした。







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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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